2018.11.16.はじめてゆるふわギャングを見た夜の話

fnmnl.tv


今詳細を見ればこのパーティーの豪華さを理解できるが、当時の私はHIPHOPに出会ったばかりでゆるふわギャング(とかろうじてKID FRESINO)の名前しか分からなかった。
田我流の読み方もFNMNLが何かも知らなかったし、ライブハウスはデイのZeppTOKYOとLIQUID ROOMしか行ったことが無かった。
24時から開演するというのも気がかりだった。タクシーを使ってしまうと代官山から最寄りまでは結構かかる。だから始発まで帰れない。

それら全てを、本物のゆるふわギャングを見てみたい一心が飲み込んだ。
チケットを決済しながら「3000円ちょっとでゆるふわギャングって見られるんだ!?」と思った。
今でも度々ライブチケットの安さに驚く。思えばそこから既にはじめて尽くしが始まっていた。


当日は仕事中も「今日ゆるふわ見るんですよ~」と浮かれながら、(何も知らない地下ドルオタの先輩はにこやかに「そうなんだ~」と話を合わせてくれてとても優しかった)23時、コートと財布だけを持って恵比寿駅に降りた。
仕事着のグレーのロングコートもペンシルスカートもたぶん場に合ってないということは感じていたが、寒かったし他に適当なものが無かった。

確か直前にSNSでタイムテーブルが出て、ゆるふわギャングの出演時間は朝5時ごろだと知った。終電で行こうと思い、でもマックで何か食べたい気持ちになったので結局早めに着いた。
24時すぎにUNITへ到着したがまだ開場しておらず、歩道の両端に作られた待機列が(チケットを持っている人と持ってない人に分かれていた)駒沢通りまで伸びるくらい長かった。どちらの列もにぎやかで楽しそうで、「人やばい」「これ入れなくない?」と言っていた。
私はチケットを持っている人用の列に並んだ。やっぱりコートはフォーマルすぎて合ってなかった。何もかもが初めての経験で口から心臓が出そうだったが、その時たまたまカラーリングが落ちた金髪だったからなんとか平然とした表情を保っていることができた。


予定を大幅に押してセキュリティーチェックが開始された。私の真後ろには大学生くらいの2人組の男女がいて、入口の扉すぐの螺旋階段に人がたくさんたまってるのを見て咄嗟に混乱していたら「たぶん大丈夫ですよ」と言って先を促してくれた。チケットに「別途1D必要」と書かれていたことが気がかりで、バーカンに「ドリンクってここですか?」と、聞いた瞬間自分でも「何言ってんだ?」と思った質問にお姉さんは騒音の中「そうです」と返してくれた。あの時、視界の端で小さなステージに立っていたのは今思い返すと、Tokyo young VisionかYamiezimmerだったかもしれない。

何となく人の少なさに不安になってもう1階降りてみると、そこには信じられないくらい人が詰まっていた。その年の夏、初めてフジロックに行ったときにも人の多さに驚いたが、屋内である分よりどこにも隙間が無いように感じられた。フロア前のサロンで飲んでいた人たちが「もう今からの人入れなくない?」と笑っていた。その声を聞きながら、遠目で豆粒みたいな大きさのKID FRESINOを見た。

私はどちらかと言うと融通の利かない人間で、見たいものを見逃すくらいなら待つことに時間を割いてしまうタチなのでそこからずっとメインステージ付近に突っ立っていた(アイドルのコンサートでは近くのメンバーより遠くの自担ばかり見ていたし、先のフジロックでは、ケンドリック・ラマーを可能な限り近くで見るために、SKRILLEXではしゃぎ疲れている友達を雨の中1時間以上立たせて待った。これは特別なシチュエーションだけど、もっとタスク感より楽しさを優先できる人間になりたいと思っている)。
正直仕事終わりで眠たかったしぼんやりしていた。何度もスマホで時計を見た。だが気づけば最前近くまで来ていた私は、Vavaが出てきた盛り上がりにあっけなく飲み込まれてしまった。隣の男の子が私の肩を組んだが、全く背格好が違うので振り落とされないようにするしかなかった。飛び跳ねているときはポケットの長財布が落ちてないかということばかり気にしていた。モッシュに巻き込まれない位置で、きれいなお姉さんが柵にもたれかかりVavaをうっとり見つめていた。最前近くにいるとこういうことがあると知ったのもこの時で、足も痛いしなんかベタベタしてるし、もう実を言うと疲れて帰りたかった。
自分は本当に何も知らないんだなと思った。でもDJが流した「2018(feat.Vingo&Benjazzy)」にのれた。周りもめちゃくちゃ盛り上がっていた。それが純粋に嬉しかった。

ほとんどすべてが初めての経験だった。だから今でも強く覚えているし、強烈に脚色されているかもしれない。

文字通り、5時まで、待ちに待ったゆるふわギャングは私が知っていた「ゆるふわギャング」そのままで、でも大好きなNENEがとても大きく見えた。彼女の顔はキャップとパーカーで隠されていてほとんど見えなかったが、露になった太ももが鮮やかに照明のピンク色に染まっていた。
その時まで「撮影するより自分の目で見たい」と思っていたが、アレンジが加わったPalm Treeで抑えられなかった。
何度も真似した大好きな曲、一瞬で心を掴まれたアレンジ。感激した。

客はさらに盛り上がり、酔っぱらった若い男の子が、ほぼステージにあがるくらいの勢いで背後の小さな女の子の視界をふさいだ。私も遮られてさすがにムカついたとき、ずっと彼に中指を立てていた別の女の子が横から割って入り降りるように強くジェスチャーした。

私はその日まで「ゆるふわギャング」の曲を聴いてもMVを見ても、無意識のうちにNENEを追いかけていた。それほどNENEは私にとって強烈なアーティストの一人だったし、今もそれは変わらない。けれど目の前に来たRyugo Ishidaを見上げた時、自分は勿体ないことをしていたと思った。

少し俯くような姿勢でステージを踏みしめ、頭から爪先まで狂いなく接続された回路が強くしなやかに運動し、彼の肉体の力の全てが彼の発するラップのために使われているような、初めてRyugo Ishidaを見る私にとってそのパフォーマンスは圧巻だった。目が離せなかった。スマホを掲げるのを忘れた。全身が彼のラップを作っていて、ラップが彼の全身を作っているみたいだった。
勿論違う表情もたくさんあったのだけど、目の前で見たあのパワーが忘れられない。両足を柔らかくふん縛るポージング、全身ぬかりなく込められた力、何度も繰り返し聴いた初めて聴くラップ。

あれからゆるふわギャングのステージをほとんど見に行けていない。早朝の恵比寿駅のホームまで走って、夢見心地で、「行ってよかった!」という気持ちを嚙みしめながら今はもう無いTwitterのアカウントに殴り書いた、あの印象がずっと消えない。